LISTEN -5-




時間が過ぎるのは早い。
この後に乗り気では無い問題が待っている場合は、尚更である。

ディーノが帰ってから、いつもの日課である各委員会の報告書の確認や、校舎の巡回、 その他諸々の仕事を済ませてしまえば、刻は既に放課後。あと十数分もすれば下校時刻となる。
机に詰まれた確認済みの書類の束をファイルに分けて収め、書棚にしまう。
結局、あの言葉通りに放課後、ホテルへ行くのかそうでないのか、考える暇も無かった。 いや、行かないと答えたのであるから、行く必要は全く無いのだ。
しかし、本音を言うと、ディーノが最後に言っていた言葉に興味がある。

(…俺の気持ちを分からせる、か。)

前々から思っていた事ではあるが、ディーノが毎日の様に囁くあの愛だの恋だのといった言葉を 、いまだよく理解出来ない。 愛しいと思う気持ち、それはどんな感情を言うのか。愛と同じ程度に囁かれる、可愛いという言葉 なら分からないでもないが、それは小動物や無機物へ抱く感情で、人間に、ましてや男に対して 抱く感情では無いのではないか。
とにかく、ディーノの言葉が何を表しているのか、己に対して何を伝えようとしている言葉なのか 、それを理解出来る日が来るのなら、それは興味深い事であった。

「…別に、あの人に従って行く訳じゃない。」

僕が僕の意思で決めた事だ、決して彼に従った訳では無い。誰も居ない応接室で、誰に言うわけでも なく言い訳染みた事を呟くと、タイミング良く、下校時間を知らせるチャイムが鳴り響いた。




「よ、やっぱり来たな」

待ってたぜ。と笑顔で出迎えたディーノに舌打ちをして、招かれるままリビングへと踏み入れた。
つい昨日訪れた部屋は、当たり前の様に昨日と同じ空気を漂わせていた。二人がキスを交 わしたソファへ腰を降ろすと、なんだか胸の辺りがそわそわ落ち着かなくなった。
まただ。この居心地の悪さは、一体何だと言うのだろう。たとえ相手がどんな大物有名人であ ろうと、どんな地位の人間だろうと、どれだけの強さをもった人間だろうと、こんな居心地の 悪さなど、感じたことは無いのに。

「で、貴方の気持ちを分からせてくれるんだろ」
「…お前ほんと危機感って言うか…昨日もそうだが、お前の事が大好きな男の部屋に一人で 来て、無防備で、しかもそういうコト言って、危ないとか思わねぇの?」
「は?貴方が来いって言ったんだろ」
「いや…うん、そうだな」

苦笑染みた曖昧な笑みを浮かべたディーノが、ソファーに座る雲雀の足元に跪く。
少し目線が下がったディーノを不思議そうに見下ろすと、ディーノが柔らかな笑みを浮かべ て、雲雀の片足を手に持ち上げたかと思えば白い靴下越しにその甲へ唇を落とした。
その行為に目を丸くした雲雀が、状況を理解すると同時に頬を赤く色付かせる。

「な、に…っ離して!」

足をバタつかせ、大きな手から逃れると、勢いよく立ち上がる。
訳もわからず混乱 する雲雀はそのまま部屋を出て行こうとするが、背後から温かな体温に抱きとめられた事で、 それは叶わなかった。
ドクドクと、どちらのものなのか見当もつかない激しく脈打つ心音が、沈黙に響く。

「…離して」
「嫌だ」
「離せ」
「いーや」
「咬み殺す…!」

学ランの下へ隠していた武器を取り出し、振りかざす。
しかしその腕までもが、逞しい手に捕らえられてしまうと、抵抗どころ か身動きさえ出来なくなってしまった。力の差を見せ付けられた悔しさに、ぐっと奥歯を噛み締 めた雲雀が、暫くして、諦めたように溜め息を落とした。

「一体、なに…貴方の考える事なんて僕には、分からない」
「好きだよ」
「好きって、なに」
「お前が欲しい」
「僕は、僕のものだ」
「恭弥と、一緒に居たい」
「僕は群れるのは…嫌いだ」

背後から、ぽつりぽつりと落とされる言葉。
いつの間にか、胸を騒がせていた居心地の悪さは無くなっていた。 しかし、代わりに高鳴る心音が静まらない。強く脈打つそれは、嫌な気持ちにはならなかった。 抱き締める腕に、更に力が加わる。
苦しい、と呟くと、身体を拘束していた腕が解かれ、代わりに今度は正面から柔らかく 抱き締められた。

「二人なら、群れとはいわねぇだろ」
「…じゃあなに」
「んー、つがい、とか?」
「馬鹿じゃないの、それはオスとメスの場合だ」
「でも俺はお前とつがいになりたい」

ぴったりと密着していた身体が離れ、顎を持ち上げ視線を合わされる。
絡む視線が、いつにも増して熱いものだという事は、いくら疎い雲雀でも感じ取れた。


そっと近づく顔。
視界いっぱいに整った顔が映る。

抗う事は出来たのに、雲雀はそのまま唇を許したのだ。
素直にそれを受け入れた事が間違っていたのかそうでないのか、考えてもわかる筈は無かった。






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次はエロです。苦手な方は逃げて今すぐ逃げて超逃げて。